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住居近くの四季の小さな自然や風景写真・旅行・撮影会の写真

比衣写真部屋-39

こんばんわ。比衣写真部屋です。今回からは「紫陽花」の撮影したものを数回更新してまいります。
まずは、自宅庭に咲いている紫陽花からです。


先の写真の紫陽花は、額紫陽花の一種のようですが、そうでないかもしれません。
この紫陽花を自宅庭で撮影をして、いつもの通りウォーキング兼撮影行にでかけました。目指すは「天龍寺」の「ささゆり」でしたが、「ささゆり」は「天龍寺」の庭の改築のため、「ささゆり」はありませでした。旬のものと「紫陽花」を撮影してきました。「ささゆり」は山に行かないと自生していませんが、「紫陽花」は住居のある団地内にも通勤路にも可児川土手にも咲いています。次は、通勤路途中にある民家の庭の「紫陽花」を切り取ったもので、赤紫陽花、青紫陽花が混じって咲いている風景を捉えました。


「天龍寺」への道程は、途中、名鉄「明智駅」まで通勤路と重複します。ということで通勤路を名鉄「明智駅」に向けてウォーキングです。次は、可児川御嵩側土手から可児側土手に咲いている「紫陽花」を捉えたものです。

歩を進め、「名鉄明智駅」に向かい途中の可児川に架かる「平貝戸橋」を渡った可児側の土手に紫陽花が群生しておりその一部を撮影したもので、紫陽花の群れのようなところを撮影したものが下記の写真です。

まだ、色が出ていない白色の「紫陽花」手前は「紫色紫陽花」です。次の写真は、「紫色紫陽花」を主題とし、バックの「青色紫陽花」をボカしました。



次の写真は先の写真の横構図を縦位置撮影とし、川土手の「紫陽花」を強調する故に敢て可児川をバックに入れました。

次回も紫陽花で更新する予定です。先の「天龍寺のささゆり」と書きましたが、「天龍寺」は曹洞宗の寺で、三日天下で有名な、「明智光秀公」の明智家の菩提寺です。「天龍寺」の後ろ山の可児市長山頂上に明智家の居城があったそうで、現在、「明智城跡」になっています。「明智城跡」から北東方向およそ6~7km可児市兼山の古城山に織田信長の家臣であった。森三左衛門吉成公の居城のあった「兼山城跡」があります。「明智城跡」と「兼山城跡」の中間に私の住居のある団地があります。「兼山城」城主森三左衛門吉成公の息子が森力丸、坊丸、蘭丸です。特に京都本能寺の変で「織田信長」と共に死した森蘭丸は特に知られています。「兼山城跡」のある古城山の公園が「蘭丸公園」で春には桜、秋には紅葉が美しい公園です。又、「兼山城跡」のある兼山の地酒で「蘭丸」いうラベルの日本酒があったように記憶しています。今回かこれまでとします。




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